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50年後を考えて今を生きる [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 また、大井町から教育を考える会(OKK)の話となってしまいますが、OKKは何のためにやっているのかと言うと、地元を良くするためです。

 地元を良くするためには、教育を良くしていくことで…①自己実現:大きな志を持ち、未来の夢を叶えられる人間になる。②社会貢献:感謝の気持ちを持ち、多くの人との関わり協力し合い能動的に社会を変えられる人間になる。③弱者救済:思いやりの気持ちを持ち、弱い立場の人を助けられる人間になる。

 そのためには、多くの人が賛同し、多くの人が関わることが必要です。

 さらにそのためには、会話の機会を持ち互いを理解していくことが必要です。

 それらのことが地元大井町で実現できたなら、それを全国に広めていくことで日本が変わるはずです。

 何を馬鹿げた事を言っているのかと言われても、ここまで来るのにも相当馬鹿げた事をやってきているので、これから始まる馬鹿げた事は現実の事となると確信しています。

 20年以上前、塾生にそんな話をして「日本を変えるぞ」と言うと、塾生にさえ笑われていました。

 しかし今、何故か塾生は真剣に話を聞いてくれます。

 20年間かけてやっとここまで来た感じです。


 ところが、OKKには学習塾の会員が少なく(2021年11月現在6塾)、会員となってくれません。

 色々な要因が考えられます。

 1つは、個人塾の激減。大手塾やFC塾は我々の考えには賛同しにくいと思っています。
 
 それはどうしても、合格実績や経営が第一となる(?)ことや、その教室にいるのは教室長であり権限が無い(?)ことなどが考えられます。

 では、個人塾はどうかと言うと、そもそも個人塾が激減しているので、塾数そのものが少ない。

 さらに、これはOKKを始めるときに有ったことですが、塾生が集まらなければ塾が存続できない状況で、自塾に「1人でも来てもらいたい」と言う至極当たり前の考えがあるからです。

 隣の塾に入塾してもらいたくないのに、そこと一緒に活動できる訳がありません。

 実際に現在の会員塾6塾の内、品川区の塾は4塾しかありません。

 我々が、それでも隣の塾と一緒にできるかと考えると、今ではなく未来を変えようとしているからと言う結論に至ります。

 OKKの仲間といつも言っていることは、

 今の子供たちが大人になって子供ができ、その子供たちが大人になった時に、日本が変わる。

 “50年後の日本を変えよう!”

 ひょっとしたら100年以上かかるかもしれません。

 世界や日本を変えるのは、教育でしかできません。

 しかし、教育には時間がかかります。

 直ぐに結果が出ないのが教育の成果です。

 だからこそ、皆で教育を考え未来を見据えて地道な努力を重ねていくしかありません。

 諦めずに


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教育は世の中を変える [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 緊急事態宣言が解除となり、外食が今後増えていくはずです。

 レストランで順番を待つこともあるはずです。

 そんな時、食事が終わっているのに席を立たずおしゃべりをしている人を見ると、「食べ終わったら出て欲しいなぁ」と思うことがあります。

 1人で広いテーブルを使っているために、後から来た人が入れないケースがあります。

 そんな時に機転を利かせてカウンター席に移る人もいます。

 人への気遣いができる人は、周りを明るくできる人です。教育とは教科の勉強だけではなく、人としての在り方を学び身に着けていくことです。

 だから教育は世の中を変える力があるのです。

 子どもの教育は、全ての生活の中でしていくもので、学校での勉強はその教育の一部に過ぎません。

 私は算数や国語ができる子が日本を変えるとは思えません。

 挨拶や手伝いができる子が日本を変えると思います。

 子供たちを取り巻く全てのこと、家庭、学校、社会から、子供たちは学んでいくのです。

 我々は勉強ができればいいと考えず、子供たちの良いところを見て伸ばしてあげたいものです。


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中学受験ガイダンス開催 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 私立中学受験をする小学6年生を対象にした「私立中学受験ガイダンス」を開催しました。

 目的は、私立中学校に合格した後で有意義な学校生活を送り、将来の夢を実現させることです。

 そのためには、①合格できればいいと丸暗記や受験テクニックを駆使した学習ではなく、問題の意味を考える学習と解法の理由を考える学習をすることで、合格後の中学の学習に適応していくこと、②合格をゴールとせずスタートと考えること、そのために中高6年間でやりたいこと、その後の人生で実現したいことを明確にすることが大切です。

 人が良いと言う学校に合格しても、その子にとって良い学校とは限りません。

 難関と言われる学校に合格しても、人としての基本が身につかないと将来人の役に立つ人間になれません。

 自分に合う学校に自分の意思で受験をして入学することが、今後の人生にとって大きな財産となります。

 結果はどうあれ、受験するまでの頑張りも大きな財産となります。

 そして、受験を支えてくれた人達、特に親には感謝の気持ちを持つこと。

 礼儀と他人への思いやりと感謝の気持ちを持ち続けることは、合格よりも未来の人生を豊かにしてくれるはずです。

 「中学に合格できればいい」と考え、得点を取るための勉強をしていると、合格した後の学習に結びつきません。

 「合格が目的」と考えると、合格後に無気力になることがあります。私立中合格が人生最大の目的ではないことは明確です。合格後の人生の為に私立中受験があることを肝に銘じてください。12歳で人生を終わりにしないでください。

 我々は「中学に合格させればいい」とは考えていません。

 遠い先を見て、遠い先のことを考えて、遠い先の姿を夢見て、今を大切にしていきたいです。

 人それぞれに個性があり、その個性を伸ばして人の役に立てる人間に育って欲しいと願っています。

 そこには、喜びがあると思うからです。

 私立中学ガイダンスは、少しでも子供たちの役に立てたらと言う思いで実施しました。

 これからも、未来の幸せを考えた指導をしてまいります。
 

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なぜ、受験をするのか(2) [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 入学は次の学校に入って、そこから夢に向けて新しい自分を創っていくためのスタートです。

 受験ができるということは、自分に合った学校を選ぶことが出来るということです。

 新しいスタートをどの学校でするかを選ぶことが出来て、選んだらその学校に合格するために精一杯やることになります。

 不合格も次へのスタートとなりますから、ここで大切なのは、未来の自分を持っているかどうかとなります。

 第一志望に不合格となっても、目指す未来の自分は変わりませんから、がっかりすることは有りません。

 “入った学校が自分にとって一番良い学校”と言う大原則があるからです。

 目指す自分が見えていて、精一杯頑張ったなら、結果はどうあれ何も心配は有りません。

 結果を受け入れ、前を向いて、自分の足で前に一歩出ると新しい道が拓けることに気づくはずです。

 第一志望に合格した人も、合格が目指す未来の自分に向けてのスタートラインであることを忘れてはいけません。

 不合格した人は、「次は頑張るぞ」となる人が多いのではないかと思いますが、合格した人は「次も頑張るぞ」とはならず、「終わった」となる人が多いと私は思えてなりません。

 受験が終わり合格後に「終わった」と思う人は、いまが始まりであることを忘れていることになります。

 新しい学校に入学する時に、これから始まる新しい学校生活を有意義なものとして、さらに先の目標に向けて進んでいく覚悟を持つことが出来れば、本当に良い受験だったと言えるのではないでしょうか。

 いぶき学院への相談で一番多いのは、私立中学に合格した中学1年生です。(他塾で受験勉強をして合格した生徒さんです。)

 第一志望合格で入学、第二志望合格で入学・・・いずれのケースでも相談内容は似ています。

 大切なのは中学受験をする前の、「なぜ、受験をするのか」に対する明確な考えが無かったり、有ったとしても本来夢を叶える手段であるはずの中学受験でも合格が、いつの間にか最大の目的となっていたりするからです。

 そうなると、私立中に入学してもやる気が出ないのは当たり前です。

 合格が目的となっている受験生でも、合格後に私立中に入学する理由、将来の夢、なりたい自分について考え、“ここから始まる”という意識が生まれればスタートできるはずです。

 私は子供たちには、未来の自分の創造していく力をつけて、夢の実現を目指し、なりたい自分になって欲しいと願っています。

 だから、私は合格を第一とは考えません。

 あくまでも、志望校合格はその実現のための、沢山ある道の中の1つだからです。


※以下の考えを日本から無くしたいです。

受験生…「合格すればいい」

学習塾・予備校…「合格させればいい」

学校…「生徒を確保できればいい」



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なぜ、受験をするのか [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 中学受験、高校受験、大学受験、学習塾には受験をする小中高生が通っています。

 ところで、なぜ受験をするのでしょうか。

 私立中に行かなくても区立中で良いですよね。

 高校に行かなくても義務教育は終わっているので問題はありません。

 大学に行かなくても高卒で良いのではないでしょうか。

 どう考えても受験をしなくても法律違反はなく問題は有りませんし、生きていくことはできるのです。

 学習塾の者が言うのも変な話ですが、無理して受験をすることは無いと思います。

 むしろ、受験をしない方が良いのではないかとも思うのです。

 それは、全ての人に当てはまることではなく、受験をした方が良い人は沢山います。

 では、受験をしない方がいい人はどんな人かと言うと、それは「なぜ、受験をするのか」を考えてもらえば明確です。

 受験の時に面接試験のある学校や作文を課す学校があります。

 その時に聞かれること、書かされることでポイントとなるのは3つです。

 まず、志望動機。特に理由もなく受験したのではなく、その学校に入りたいという気持ちが強いかどうかを問われます。

 2つ目は、今までの学校、つまり中学受験ならば小学校で、どんなことを頑張ってきたかということ。自分の体験とそこから何か得ることが出来たかどうか、体験を活かして成長していけるかどうかを問われます。

 3つ目は、入学した後のことです。入学後、どんな学校生活を送りたいのか、何をしたいのか、何ができるのか、そしてそれらが将来にどのように結びつくのか、合格の先にあるモノがあるかどうかを問われます。

 「なぜ、受験をするのか」を考えた時、何となく受験をするのならしない方が良いということです。

 「みんな受験をするから」だったら、やめた方が良いと思います。

(続く


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学校説明会の予約が取れない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 2021年夏、私立中学高等学校及び、都立高校の学校説明会への参加予約が取りにくい状況が続いています。

 夏は例年、中学校受験生と高校受験生が、各学校で開催する学校説明会に多く参加します。ところが今年は、参加したくても予約が取れません。

 原因はいくつか考えられますが、各校が緊急事態宣言下で人数制限を設けていることが、大きな原因と考えられます。又、オンラインでの説明会も実施されていますが、実際に学校に出向きたいということで、説明会の学校開催は人気があることもあるでしょう。

 各学校でも回数を増やす等の対応をしていると思いますが、それでもネット予約者が殺到してすぐに定員となっているようです。

 区立中では夏休みの課題として、何校かの「説明会に参加してレポートを提出しなさい」と言うように、説明会に参加するという課題を出しているところも多くあります。

 ところが、説明会の予約が取れないので参加できないという声が聞かれます。

 このままでは課題が提出できないと、本来志望校でなは無い学校の説明会の予約を取るケースもあり、本当にその学校に行きたい子が予約を取れないという事態も生じています。

 今後、文化祭などの行事も行われるかどうかわからない状況で、説明会への参加がなおさら大切なものとなるはずです。

 少なくとも、まず区立中には課題を取り下げて欲しいです。

 そして本当に生きたい学校の説明会への参加を伝えてもらえればと思います。

 又、説明会への予約が難しければ、多くの学校が一堂に会する、合同相談会へ参加して、まず学校の話を聞いてから、自分に合いそうな学校への説明会へ申し込むことが混雑を避ける手段かと思います。

 さらに、本来ならば小5以下の中受験生、中2以下の高校受験生も、今から説明会へ参加して学校を知る機会があった方が良いのですが、コロナ禍ではご遠慮願い、小6と中3に説明会を譲っていただけるようお願いしたいです。


9/19 私立中高合同相談会 新宿>

11/3 大井町から教育を考える会(OKK)主催 私立中高合同相談会
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病気なったら病院へ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 歳をとると、体中のあちこちの調子が悪くなってくるもので、若い頃は病気とか無縁であると思っていた私も今では複数の病院に通うようになってしまいました。

 健康に自信があった頃、暴飲暴食で睡眠もろくに取らず不規則な生活を続けていたら、調子が悪くなりました。

 気づいたら通院をしなければいけない体になっていました。

 「病気になったら病院へ行けばいい」と考えずに、どうして「病気にならないように」と考えなかったのかと思っても後の祭りです。


 勉強も同じで、「勉強が解らなくなったら学習塾へ行けばいい」と思った時は状況があまりよくないかもしれません。

 風邪は引き始めが肝心であると同様に、勉強も解らなくなり始めたと思うか思わないかの時に、治療することが大切であると思います。


 よくあるケースで、「合格したら少し休んで、解らなくなったら学習塾に行く」というのは、学習塾の立場からすると勿体ないと言うか、残念と言うか、悔しいと言うか。

 せっかく合格して、これからと言う時に解らなくなったところから、勉強をやり直すことになるからです。本来ならば、さらに高いレベルで学力を維持して、次の準備ができたのに、解らなくなったことの後始末をすることほど勿体ないことは有りません。

 何となく病気にならない程度で体を胡麻化して生活するのではなく、できれば心身ともに健康状態を高い水準で維持したいと考えたならば、おのずと生活も変わっていきます。

 何となく学校の授業についていければ良いと勉強するのではなく、できれば上位を目指し、次の合格や社会生活を睨んで自分自身を高めたいと考えるならば、おのずと学習に対する姿勢も変わっていきます。


 塾生たちには、何となく学力を維持するのではなく、もっと高い、もっと先の夢を見て、今を過ごして欲しいと考えています。

 話を聞かないこと、基本を疎かにすること、理由を考えず丸暗記すること、言い訳をすること、目的を持たないことが自分自身の成長を妨げていることを理解して、一生涯成長できる人間になるために自分を見つめ変えていって欲しいと思います。

 子供たちの可能性は無限であるはずだからです。


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町塾 いぶき学院 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 学習塾業界は大手塾やFC加盟塾が目立つようになり、地域密着の個人塾が減少傾向にあります。

 いぶき学院から半径500m内の個人塾もこの10年ほどで少なくとも6塾はなくなりました。

 さびしい限りです。中には実力のあるベテランの塾長さんの塾もありました。なくなってしまうことは、子供たちにとっても不幸なことです。

 色々な個性のある塾長さんが思い思いの指導法で授業をする。子供たちが活き活きと通塾する。そんな個人塾は、ずっーと残っていてほしいと思います。

 私は今まで「なくなっていい塾はない。」と言い続けてきました。それは、子供たちは一人ひとり異なるわけですから、一人ひとりに合う塾があっていいのではないかと思うからです。通塾していて「良かった」と思う塾はそれぞれ異なると思うからです。

 教育は市区町村によってその制度が異なり、しかも学校単位で指導方針や指導法化が異なります。家庭の教育方針も保護者様によって様々。まして子供たちは一人ひとりが日々変化する存在です。

 その子供たちを見て
 いぶき学院は、この町になくてはならない「町塾」を目指します。

ここが変だよ、学習塾⑤「個別指導カリキュラム」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 個別指導をやっていて何が一番大変かと言うと、時間割の作成です。

 先生と生徒に直接スケジュールを任せれば楽なのですが、それができるとしたらマンツーマンであって、先生1人に生徒2人以上の個別指導塾では、個々の生徒の時間割を作成しなければなりません。

 先生の都合と生徒の都合、そして先生の指導できる教科も考えなければなりません。

 先生が1人来られなくなると大事で、生徒を別の先生や別の日に振り分けなければなりません。

 生徒の時間変更も空きがあれば何とかなるのですが、空きが少ない状況での振替依頼は、他の生徒に時間変更をお願いするしかなくなります。

 それは避けたいので、余裕をもって先生の時間の空きを多くして時間割を組むとなると採算が取れません。

 時間割の変更や授業の振替があると、それは緊急事態ですので、他の仕事より優先させなければならなくなります。

 とにかく、時間割の作成は凄く時間がかかり、時間割の変更は辛いものがあります。

 しかし、授業の振替は個別指導の宿命と思い、気持ちよく受けるしかないですね。


 そして、次に手間がかかるのはカリキュラムの作成です。

 個別指導は一人ひとり、学校、学年、教科、指導回数、学力、試験日程、そして目的が異なりますので、人数と教科分だけカリキュラムが必要となります。

 もちろん、教材も一人ひとりに応じて考えなければなりません。

 いぶき学院では、同じ学校、学年、教科であったとしてもカリキュラムや教材が異なります。

 この夏もカリキュラムと教材が同じ生徒はいません。

 他の個別指導塾のことは承知しておりませんが、ひょっとしたら、同学年で同教科ならば、同じカリキュラムと教材を使用しているところは多いかもしれません。

 本来、それが受験学年であったとしたら、同じにはできないはずです。

 なぜなら、学力と志望校が異なるからです。

 学習塾が使用する夏期講習テキストには、数学だと中1の「正負の数」が復習単元として載っているものがあります。

 しかし、「正負の数」から復習をする必要がある中学3年生は殆どいません。

 なぜなら、そこができない中3生がほぼいないからです。

 もしいたとしら大変なことです。その子が入試までの7ヶ月間、志望校に合格するために特別なカリキュラムを組んで対応しなければならないことになると思います。

 実は10年ほど前に、品川地区の都立上位校であるK高校を志望する女の子が、個別指導の塾で夏期講習に申し込んだところ、「正負の数」から始めたという話を聞きました。すぐに当塾に相談に来て転塾したことがありました。偏差値が60を超える志望校であり、成績も4と5だけの子が「正負の数」からやる必要は全くありませんでした。

 今でも、個別指導では、カリキュラム作成には手間がかかるため、テキストを渡して前から順番にやらせる学習塾があるかもしれません。

 そうだとしたら、子供たち一人ひとりに合ったカリキュラムと教材の準備をお願いしたいところです。

 個別指導だからこそ、集団指導のように全員同じにしないで済むはずです。

 また、学習塾に失礼なことを書いてしまいましたが、もしもと思い書かせてもらいました。

 頑張ろう!学習塾。


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合格は手段「実績を自慢しない」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 学習塾は将来的に、合格実績を売りにしなくなると思います。

 勿論、我々のような中小塾は大手塾に合格実績で引けを取ります。

 1教場での実績とか、塾生当たりの実績。あるいは学校の平均内申や偏差値ならば、全教場の合計数とは異なりますので比べられても遜色ない結果になることもあると思います。

 しかし、根本的に合格実績を売りにすることは如何なものかと思います。

 理由は2つで、今までも繰り返しお話ししてきたことです。(くどくてすいません)

 1つは“塾の都合”の受験となることです。

 “塾の都合”とは、学習塾が合格実績を出すために、行きたくない学校を受験するように勧められたり、沢山の学校を受けるよう促されたりすることです。

 そのため、時には合格して進学する学校が決まっているのに受験させられたという話も耳にします。

 成績の良い子(学力の高い子)を塾生として在籍させて、塾の授業を受けていなくても、合格したら実績としてカウントするなどもあるようです。


 2つ目は、“合格は目的ではない”からです。

 志望校合格は、将来成し遂げたいこと、夢の実現のための通過点であり、1つの目標に過ぎません。

 目的を達成するための手段なのです。

 大切なのは合格した後であることは言うまでもありません。

 しかし、時には合格したことで全ての努力が報われて、その辛い日々から解放され、合格後はバラ色の学校生活が待っていると勘違いしている人もいるのではないでしょうか。

 合格することで後は順風満帆に事が運び最終的に、安定した高収入が得られ不安なく一生生きていけると思っている人もいるかもしれません。

 そこまでは行かなくても、合格したことで先々の不安が軽減され、多少は他人より良い生活が出来のではないかと期待するかもしれません。

 残念ながら、それらは年功序列賃金制全盛で高度経済成長時代の遺物なのです。

 親たちは、社会に出てからが大変であり、本当の勝負であることを知っているはずです。

 だからこそ、合格後、あるいは不合格後に次の準備に取り掛かり、自己努力をしていくことが大切だと思います。

 従って、不合格となってもその経験を活かして次の準備をしていけば何も問題は有りません。

 そのために、合格するために精一杯やることが重要です。

 精一杯やった人は、結果はどうあれ結果が出た後、その教訓を次の準備に活かせるはずだからです。


 もし、学習塾が合格実績を売りにして、志望校合格を最大の目的としたならば、本当に本当に大切なその先を考えなくなるのではないでしょうか。

 中学受験で志望校に合格して、12歳にして人生が終わってしまうことは有ってはなりません。

 その先の90年の人生の為に合格をしたことを忘れないためにも、受験生はずっと先の未来を夢見て、今を頑張って欲しいです。

 我々学習塾は、合格をさせることを目的とせず、子供たちが未来の社会を豊かにし貢献できる人間、そして多くの人を助け幸せにできる人間になってもらうことを目的となるようになりたいと私は思います。


 先日、中学3年生と保護者様対象の「高校入試説明会」を開催した際に、塾生には“合格(受験)の後が大切なんだ”と、それが一番伝えたいことであると自分の中で認識しました。

 全員は合格できなくとも、受験を通して全員成長することはできるし、受験を教訓として次に向けて頑張っていくこともできます。

 そのために、この後受験までの日々を大切にして過ごして欲しいと思います。



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あぶない! [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 先日、歩道を歩いていた時のことです。

 車道側から、突然自転車が歩道に乗り上げてきて私の10cmほど前を通過しました。

 自転車に乗っていたのは、小学生低学年の男の子でした。

 すぐ後ろから、これも自転車に乗って歩道に入ってきたお母さんは、私の後ろを通過しました。

 母子に挟まれるような形となり、私は立ち止まっていました。

 お母さんが私に向かって後ろから、「すいません」と声をかけてきました。

 そして、その後わが子に向かって

 「あぶない!」

 母子はそのまま去っていきました。


 その時思ったことですが・・・

 その子はお母さんに、「前をしっかり向いて自転車に乗らないと、人とぶつかったら危ないじゃない」と言うメッセージを受けと思いました。

 でも、「周りに注意をして自転車に乗らないと、人とぶつかって迷惑をかけるじゃない」ではないではないかと思うのです。

 一緒にいたお母さんの責任として、「申し訳ありません。お怪我は有りませんでしたか」と謝罪があり、子供に対しては、「人に迷惑をかける」と指導することではないかと思いました。

 今回の出来事で、「あぶない!」と子を注意(叱る)ことは、注意された子の立場で考えると、人とぶつかることは、相手に迷惑をかけるからではなく、自分が危ないからいけないことなんだと、頭にインプットされたと思います。

 すると、今後その子は成長の過程で、自己中心的な性格で、相手に迷惑が掛かっても自分が良ければ良いという人間に向かっていくことを想像してしまいました。


 大人の言葉は子供を変えていきます。

 子は親の鏡なのです。

 今も、赤信号を渡る親子を見るとドキッとします。

 しかし、親は子供に気をつかい、言動や行動に注意しなければいけないと考えると、気が重くなります。

 だからこそ、人は子供が見ていなくても普段から、他人への感謝の気持ちと思いやりを持って生きていくことかなと思います。


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定期試験でプリントと全く同じ問題を出していた中学 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]


20数年前、いぶき学院がこの地でオープンした頃のことです。

某区立中学校の理科の定期試験対策で、試験範囲の授業をしようとすると、「先生、そんなの必要ないよ」と塾生に言われました。

「だって、このプリントがそのまま出るから、それをやっておけば点数が取れるんだ」

学校から配られているプリントの問題は、ごく普通の問題で、5,6枚あったでしょうか。

私は、いくら何でも、そのまま出るわけはないと思っていました。

プリントの問題が出ると言っても、似ている問題が出るとか、数値が変わっているとか。そのまま出るとしても何問かだけ同じ問題で、違う問題も出るとかなら、まだわかる気もしました。

ところが、本当に全ての問題が、渡されたプリントと同じ問題で出題されていたのです。

試験対策は、学校のプリントを一緒に解いて、解らない問題の解答は丸暗記する勉強になりました。

記号の回答も、そのまま「イ、エ、ア、ウ」と覚えるだけで全問正解!

ですから、理科が本当に苦手な子でも80点、90点取ってくるのです。

全く同じ問題にも関わらず、不思議なことは学校の平均点が60点とかで高くないことです。

私の推測ですが、その中学の生徒たちが勉強をしていないということです。

勉強をしない生徒たち、つまりやる気のない生徒たちが沢山いて、そんなにやる気がないならば、やる気を出させるために「同じ問題を出すから勉強をしてきなさい」となったのではないかと思います。

しかし、それでも勉強をやらないため平均点が低かったのではないでしょうか?

やる気を出させるために、ハードルを下げればいいというものではありません。

やる気になれば、多少ハードルが高くても頑張るものです。

このケースでは、頑張れば点数が取れるという体験をさせることで、やる気を出させようとしました。

ところが、うまくいきませんでした。

やる気のない理由の見極めが、出来ていなかったために招いた結果です。

宿題をやり切れない子に対して、宿題の量を減らすことは必要だと思いますが、宿題をやってこない子に対して、宿題の量を減らすことは効果が殆どありません。

プリントと全て同じ問題の定期試験は、後にも先にもその中学校の理科だけです。

その時の中学生は、現在37歳~39歳くらいになっているでしょうか。

自分の子供に、「お父さんは中学生の時、理科は得意でいつも80点以上だったよ。理科は解らなければ答えを覚えればいいんだ」と言っているかもしれません。

親は自分が経験したことを、どうしても子供に伝えます。

本当はそれがおかしなことであっても、その時はその勉強法が正解だったからです。

我々は今、目の前にいる子供たちへの指導が、次の世代にも影響を及ぼすことを忘れてはいけないのです。

塾生たちが自分の子供に良い行動、成長し続けられる考え方を伝えていけるように、接していきたいと思います。





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ここが変だよ、学習塾④ 「学校を休ませる」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 「学校を休むな、受験生!」

 今までに何度か取り上げた話題ですが、また考えてみたいです。

 受験を中学受験、高校受験、大学受験と3つとした場合、ここで問題視したいのが中学受験です。

 中学受験は高校受験や大学受験と異質なものだからです。

 高校受験と大学受験は付属校で内部進学ができるところを除き、受験をしないと進学できません。勿論、内部進学でも一定の条件のクリアは必要です。

 ところが、義務教育である中学校は受験しなくとも公立の中学校には入れるのです。

 それにも関わらず、私立中学校や公立中高一貫校を目指して受験勉強をするのです。

 目指すこと、勉強することについては全く問題有りませんが、自分の都合で受験をするにも関わらず、通っている小学校を休むというのは、あまりにも自分勝手な行動ではないかと思うのです。

 小学校の先生も一生懸命に授業をされていると思いますし、学校行事や委員会等の学校の活動も休むとしたら、大変失礼で無責任な行動と言わざるを得ません。

 高校受験でも同様なことが言えますが、中学受験生は小学生であり、学校を自分の意思で休んで受験勉強をしたいと思う子より、周りの人たちから声をかけられたり、促されたりされて休む子が多いと思います。

 小学生の時に、そのような経験をして、それが当たり前と思うことが怖いです。

 「自分にとって大切な受験があるけれど、クラスの友達たちとの時間も大切であり、小学6年生としての学校での役割を全うする」ことがその子にとって最善だと思うのです。

 学習塾が休ませて、本来学校に行く時間に授業を行ったり、親が休ませて家庭で勉強させたりすることは有ってはならないことです。

 学校や社会で身に付けなければならない、協調性や責任感、そして人を思いやる心、それらを育む状況がそこにはありません。

 中学受験は確かに大切なものかもしれませんが、志望校合格にフォーカスをし過ぎて、大切なことを見落としているように思います。

 そのような受験をし、有名中学に合格して有名な大学を出たとしても、社会の為に働けるでしょうか。人にありがとうと言われる人になれるでしょうか。そして、その子供たちも親と同じ道を歩んでいくとすると日本の未来は有りません。

 肩書が偉い人になれたとしても私利私欲に走り・・・ということになるかもと不安がよぎります。

 たとえ、受験の結果が悪くとも友達と仲良く楽しく協力して物事を、責任をもってやり遂げる子の方が、先々幸せを感じるのではないかと思うのです。

 学習塾が、学校を休ませての受験指導を慎むことを広めていきたいです。

 その子が本当に望むことは志望校合格ではなく、その後に有意義な人生を送ることではないでしょうか。


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ここが変だよ、学習塾(世の中)③ 「都合を押し付ける」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 前回、試験対策を行う学習塾と行わない学習塾の話を書きましたが、試験対策を行うか行わないかは、子供たちの為になるかどうかで決定されるものだと思います。

 しかし、学習塾が試験対策を行わないケースで、試験対策を行わないことを正当化する(理論武装)学習塾もあります。これは学習塾側の都合を押しつけた形であり、どう考えても子供本位とは言えません。

 試験対策が不要である中高生もいますし、試験対策が必要な中高生もいます。

 必要な子たちに理由をつけて行わないのは如何なものかと思います。

 必要な子たちには試験対策をするか、できないのなら他塾に行ってもらうかです。


 本日、4本の営業電話がありました。

 コロナ対策が1件、ウエブサイトからの集客が3件です。

 4件ともお断りをしましたが、4件とも客本位の電話とは思えません。

 「大変お世話になっております。初めてお電話差し上げました。」この時点で変!初めての人を世話した覚えはないぞと思い聞いていると、「オーナーさんはいらっしゃいますでしょうか。」要件も言わずに取り次げるわけが有りません。

 「この地区の担当になりましたので1度ご挨拶にお伺いしたいと思いまして電話しました。」と一方的。中には「本日のご都合は如何でしょう。」と完全に自分の都合。

 「集客にご興味は有りませんか。」と絶対にNOと言えない質問をしてくる。

 「今のホームページからの問合せ件数を増やすサービスです。」と抽象的。具体的にどういうことですかと聞いても具体的には言わず、「その辺の所を含めて一度お会いして・・・」となる。「評判が良かったものですから・・・」と言うのでどのくらい良かったかを聞いても答えにならず、「問い合わせが増えました。」と言うので、何割くらい増えますかと聞いても答えられず、あちらから退散となる。

 最近、話を聞いた営業の人で1人だけ感じの良い人がいました。

 私の話をまず聞き出して、できることを提案してきた人です。

 お客の言うことを聞いて、都合のいいように話を持っていく営業の人もいますから注意は必要です。

 そのような人は話の端々に無理を押し付けてくるので、何となく信用してはいけないことが分かります。

 例えば、「ただいまキャンペーン中で今週中にお申込みをされた方は・・・」と急かしたりする営業を私は信じられません。

 そんな営業をしている人は何の為に仕事をしているのか疑問になります。


 学習塾も同様で都合を押し付けてくるところもあります。

 都合を押し付けるというのは、本来はその塾に合わない子を入塾させようとすることです。

 コースの選択や授業回数も、本人に合わなくても塾の都合に合わせて勧めることもそうです。

 世の中はそんなことが多く嫌になりますが、取捨選択する目を持つことと、自分自身が正直に生きることが大切かと思います。


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ここが変だよ、学習塾② 「合格は目的ではなく手段」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 お金を儲けることよりも、お金の使い道を考えた方が良いと言う話を聞いたことがあります。

 つまり、どうやってお金を儲けるかと言う方法よりも、何のためにお金を儲けるのかという目的を考えろと言うことです。大金持ちになる目的が明確ならば、そのお金を有効利用できるはずですし、大金持ちになったあとの人生が有意義になるはずです。

 そうなると、お金を儲けることは目的を達成するための手段となります。

 何か目的をもってお金を儲けたとします。その目的、つまりお金を儲けてやりたいことを考えてみてください。

 豪邸に住んで毎日遊んで暮らす。おいしい物を飲んだり食べたりする。世界中を旅行する。趣味にお金をかける。高級車を購入する。会社を設立してさらにお金を儲ける。寄付をしたり慈善事業をしたりする。色々な考えがあると思います。

 次に、さらにその目的を考えてください。何のためにそうしたいのですか。それをすることが何になるのですか。

 そして、その目的を考えていくと何に行き着きましたか?それが自分自身の本当にやりたいことではないでしょうか。


 私は、志望校合格は手段であると考えています。合格を目的としてしまうと手段を選ばなくなります。そして、この世の中の全てのモノを手に入れた気分になるかもしれません。お金を儲けたけれどその後の使い道が解らない状態で右往左往するかもしれません。

 合格がゴールとなりしばらくやる気が出ないかもしれません。合格後のことを考えていないので、全てを出し切り何も残っていないかもしれません。丸暗記と受験テクニックで合格をしてしまい、それらが合格後に何の役にも立たないことにも気づくでしょう。そのような学習をした人に限って「数学なんて大人なって使わない。役に立たない。」と言うかもしれません。

 志望校合格を目的とした人は、同じことを繰り返す傾向があると思ってしまいます。大人になり一流企業に就職が決まると目的達成!社会的地位の高い役職に就くと目的達成!

 その後に待っているのは、空虚な気持ち、退職、辞任・・・。本当は就職をした後、偉くなった後が大切ですよね。でも、小中高生時代に結果を追い求める経験や望校合格を目的とする生き方をしてきた人達は、結果が全て目的となっているように思えてなりません。

 だから、いぶき学院は志望校合格を売りにしません。丸暗記やテクニックを身に付けさせる指導をせず、「何、何故」を大切にします。入試前に学校を休ませません。入試に有利になるようなボランティア活動や生徒会活動は推奨しません。

 その先にある目的を達成するための手段としての志望校合格だからです。

 社会に役経つ人間になって欲しいからです。優しい人間になってもらいたいからです 。「ありがとう」と言われる人間になって欲しいからです。

 今や学習塾は日本にとって無くてならない教育機関となっています。

 しかし、子供たちの将来の幸せや日本の未来に寄与しているとは、私には思えないところが少なくありません。それは年々多くなっているように思えてなりません。

 学習塾を含む教育機関が考え方を転換していけるよう取り組んでいきたいです。


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ここが変だよ、学習塾① [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 学習塾は子供たちと世界の未来を創造するためにあると信じています。


 学習塾は保護者様がお客様であり、そのお客様によって経営が成り立ちます。

 したがって、お客様との関係が大切なために、要望を聞き入れる学習塾が多いのではないでしょうか。本人に合っていない指導法や教材、カリキュラムなどです。

 宿題を「たくさん出して欲しい」と言われればたくさん、「少なくして欲しい」と言われれば少なくす。「厳しくして下さい」、「個別指導でお願いします」、「3教科でお願いします」、「この教材でお願いします」、「学校の宿題をやらせてください」など、様々な要望があります。

 しかし、本人の状況と目的を考えた場合、その指導法が良いとは限りません。どんな教材を使って、どんなカリキュラムで、どのように指導することが本人にとって良いのか分析して決めていかねばなりません。

「お金を払うのだから言われたとおりにやってくれ」と言われ、「お金をもらえれば何でもやります」となることは絶対にやりたくないことです。

 それは、病院が患者の要望を聞いてその通りに治療するのと同じです。いくら患者から「こうして欲しい」と言われ、その通りに治療しても病気が治らなければ元も子もありません。

 保護者様の気持ちは受け止めケアをしつつ、本人の今の状況を分析し、未来の姿を描き、そのために今どのように指導していくことがベストなのかを提案していきたいです。

 
 逆に学習塾からの提案として不適切と感じる話を耳にします。学習塾は少しでも多くの教科やコースを取ってもらいたいのですから注意せねばなりません。

 中学受験で「とりあえず4教科やりましょう」・・・これは、確かに4教科の学習をしておけば、入試で4教科受でしか受験出来な中学があるので確かにそうなのでずが、どう考えても4教科受験が必要ない学校なのにと思うことがあります。
理科社会が得意だから4教科受験の方が有利と言うのも確かなのですが、それでも無理に4教科としなくても合格できるのにと言うこともあります。

 又、授業時間が長すぎる(=授業料が高くなる)ことや宿題が多いこと、宿題が難しすぎて親も困ってしまうこと、必要のない教材を与えられる(=教材費が高くなる)ことなど、学習塾からの提案や指導に対して首を傾げたくなることも少なくありません。

 個別指導での疑問もあります。

 まず授業回数についてですが、成績が上がらないから「回数を増やしましょう」と提案があったという話を聞きました。
これも確かにそうなのですが、成績が上がらない原因を伝えていないのに「回数を増やしましょう」は変です。

 原因が学習塾サイドにあるのか(例えば教材、カリキュラム、指導法、先生、システムなど)、原因が本人にあるのか(例えばやる気、遅刻欠席、宿題をやらない、理解度、基礎力、日本語力、学習量など)を見極めなければなりません。

 「検証した結果、基礎知識の抜けが多く家庭学習に委ねるには無理があり、それをカバーするためには回数を増やすことがベストであるので増やしてもらえませんか」なら解ります。

 そもそも成績が上がらないということは学習塾の問題であるにも関わらず、学習塾が変わろうとせず「回数を増やしてください」はおかしいと言わざるを得ません。

 本来は逆に「成績が上がらない」と苦情を言われてもおかしくない状況です。

 高すぎる個別指導の講習費の話も転塾してきた保護者様から聞きました。20万円や30万円は当たり前で中には100万円超支払った人もいたという噂も聞きました。本当かどうかわかりませんが、少なくとも苦手な教科や単元があると、回数が積み重なって高額になるようです。

 ちなみに、いぶき学院の2021年春期の個別指導最高講習費は34000円でした。

 こんなことを書いていると、他学習塾から恨まれてしまうかもしれませんが、私は学習塾が変だと思うので仕方がありません。

 では、当塾はどうかと言われたら変なことが沢山あるかもしれませんが、自分のことは棚に上げさせていただき、思っていることを書いてみようと思います。

 それは、学習塾は何の為に存在しているのかを考えた時、その経営の在り方を見直さないといけないと思うからです。




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塾をやめられない [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 学習塾にとって2月、3月、4月は入塾者が1年の中で一番多い時期です。又、今通っている学習塾をやめて別の学習塾に変える時期でもあります。

 ところが、「今通っている塾をやめられないんです」と言う親御さんが何人もいます。

 それは、次月の授業料が既に引き落とされてしまうからという理由です。

 例えば2月末に退塾を申し出ても、3月の授業料の口座振替はストップできないということです。3月末に申し出ても、既に春期講習と4月の授業料は引き落とされていて、すぐにやめていのに、春期講習も4月の授業もその学習塾で受けざるを得ないということです。

 我々の立場からすると少しでも早く受け入れる方が、本人の学習にとってプラスに働くことは間違いのないところですが、入塾が1か月伸びてしまう。これは、単に1カ月だけ入塾が遅くなるということではなく、カリキュラムや指導法の違いから、ダメージはそれ以上になると考えられます。

 中には、やめようとしている学習塾の支払い済み、あるいは振替になってしまう授業料をあきらめて、転塾してくる方も少なくありません。

 いぶき学院のグループ指導は1か月間の無料体験ができるため、それを利用されるのです。しかし、我々は本来無料体験をそのように利用することは想定していませんでした。ミスマッチを防ぐこと、いぶき学院を知ってもらい、納得していただいてから入塾を決めてもらおうということです。いくら口で良いことを並べても、入塾したら違っていたということが無いように体験してもらいたいのです。


 いぶき学院では2021年4月から、諸費用の口座振替を開始することにしました。

 前述した、口座振替による問題点である学習塾の費用は前納が原則となっていて、その手続きに1カ月ほどかかる(と言っている学習塾が多い)ことを何とかしたいと考えて、前納をやめることにしました。

 ここは思い切って、4月25日の口座振替日に春期講習と4月授業料を引き落とすことにしました。その月の費用、講習は講習終了月に振替を行うのです。正直なところ費用の入金は5月になりますので経営上は問題ですが、それよりも優先しなければいけないことが学習塾にあるのではないかと考えました。

 私も他塾のことで情報はないのですが、もしコース変更、例えば通塾の回数を増やす場合は直ぐできるのに、減らしたり退塾したりすることは直ぐできないとしたら変ですよね。

 学習塾は何の為に存在しているのかを考えた時、その経営の在り方を見直さないといけない世の中になっていると思います。

 勉強だけ教えて合格させることが、学習塾の社会における役割では無いと私は考えています。



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学びの原点 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 子供のころ、どんな学びをしていましたか。

 小学生の時から必死になって勉強をしていましたか。
 小学生の時に高校受験のことを考えて勉強していましたか。
 小学生の時に自ら勉強をしようと言う気持ちがありましたか。
 小学生の時にテストの得点が低くて悩みましたか。
 小学生の時にテストを目標に勉強をしましたか。
 小学生の時に学校や学習塾の宿題以外の勉強をしていましたか。

 少なくとも、私は全てNOです。

 ですから、子供たちに「勉強しなさい」とは言えません。

 「勉強が嫌い」と言われれば、「そうだよね」と共感してしまいます。

 だから、学ぶことの大切さと学ぶことの楽しさを伝えます。

 訳の解らない勉強を毎日何時間も続けることは辛いですよね。

 ところが「こんなことがあるんだ」と新しいことを知り、「ああ、そうだったんだ」と理由が解り、「だから、こうなるんだ」と自ら新しい発見をする。

 楽しいですよね。

 こうなると、全てのことから学べる人間になっていきます。

 世の中は沢山のことで満ち溢れていて、全てが学びにつながります。

 同じモノを見て、同じハナシを聞いて、同じコトを体験してもそこから感じることや考えることは人それぞれれです。

 ですから、その感じること考えることのレベルを上げることができれば、人はどんどん成長していけると私は考えています。

 それが、学びの基礎基本です。

 子供たちの考えを聞くと、教えないと私が思いもつかない発想をするこが沢山います。間違っていても構わないのです。正解でなくても良いのです。それを受け止めて、そこを伸ばしていくことができれば子供たちの可能性は無限大です。

 「どうしてだめなの」と言われ、「規則だから」とか「テストで荘書くとバツになるから」とかでは子供たちの能力は埋もれたままになります。

 私は受験指導が大嫌いです。

 「これは入試に出ないから」と言って、どんなに子供たちが疑問に思っても、どんなに興味を持っても受験生への指導をためらい、直前では絶対に話はできません。

 それに対して、受験をしない小学生は入試に出るとかでないとかではなく、面白いこと興味があること楽しいことに食らいついてきます。それが中学校の内容でも高校の内容でもです。興味がわいたことは高校の内容でも小学生は理解してしまうから驚きです。

 学びの楽しさを感じて、「なぜ、なに」を大切に子供たちの興味関心を高めて上げることが我々の出来ることであり、それが学びの原点であると思います。

 そして、子供たちは教科書内容も入試の内容もうまく学べるようになっていくのです。

 もちろん、一生涯学べる人間に


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当たり前の生活をするために勉強より大切なこと [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 横断歩道を渡ろうとすると、通過しようとしていた車が止まり手で「どうぞ」と合図をして道を譲ってくれる。「ありがとうございます」会釈をして急いで渡ろうとすると運転手さんも「どういたしまして」と会釈をする。

 こんな当たりの前の風景、「どうぞ」、「ありがとう」、「どういたしまして」が不要不急の外出禁止の為に少なくなっています。

 人と人との触れ合いが減り、学校でも行事が中止となり人間同士の関係を構築していく場がなくなっているからです。人は誰かの役に立つ人間になることで幸せを感じます。

 その機会を今の社会は激減させています。

 まずは新型コロナウィルスを終息させることが第一であることは言うまでもありませんが、ある程度人格が形成されている大人なら未だしも、子供たちにとっては大きな問題です。

 協調性を持ち、他人への思いやりと感謝の気持ちを育む時期に人とのかかわりが少ないのですから・・・。

 授業の前後を含め子供たちから、次のような発言を耳にすると不安になります。

 ①目の前のことだけしか考えていないような発言。②自分さえ良ければ良いといような発言。③言い訳、諦め、コロナ等のせいにするような発言。

 世界中の人たちが当たり前の生活を取り戻し、それがずっーと続くようになるためには、勉強だけできてもだめだと私は思います。

 コロナを言い訳にするのではなく、コロナから多くのものを学び、子供たちが将来に渡り成長していけるよう、我々は子供たちとの会話を、こんな時だからこそ今まで以上に増やすと共に、見本となる行動をしていきたいです。




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伸びる人は解っていても話を聞く [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 問題を解かせると、良く解っていて早く終わる子、解くことが遅く最後まで終わらない子、解らなくて手が止まっている子がいます。

 「はい、そこまで。こっちを向いて!」と説明を始めると・・・

 不思議と、解らなくて手が止まっていた子が急いで書き始めるということがあります。

 私が問題を解いている過程を見ていて、勘違いしていたり全く解っていなかったりする子ほど、説明している時に話を聞けない傾向があります。

 「はい、そこまで。」と演習を止めて解説に入るのは、時間の制約があるからということはありますが、効率よく学力をつけるためのタイミングだと判断するからです。

 私は問題演習で理解を深め学力を高めるために、子供たちが解けるか解けないか、正解か不正解かに関わらず、問題に書いてあることを整理して考えられたことを確認してから解説に入るようにしています。

 ですから、そのタイミングで話を聞いて欲しいと思い「はい、そこまで。」と言うのですが、話を聞けない子がいるのです。


 学校でも学習塾でも先生が説明を始めたら話を聞く事が大切です。

 解っていない子は、どうして出来なかったのか、何が解らなかったのかを知ることで次につなげていくことになりますが、一番ここで怖いのはむしろ正解だった子です。

 正解であることで“解った気”になり話を聞かなくなるからです。

 私も“解った気”になって失敗したことは多々あり、本当は解っていなかったと後になって気づくことは少なくありません。

 問題演習で間違っていても話を聞いて学べる子は伸びていきます。

 むしろ間違いが多い方が修正するところが明確ですから、どんどん伸びていくことができます。

 そして、出来るようになっていくと次の壁が“解った気”なのです。

 その壁を越えてさらに伸びていく子、本当に伸びていく子は“解った気”にならずに、正解で有ったとしても本当に自分の考えが正しいか、正しいならば別の考え方はないかと常に向上心を持っている子です。


 人の成長を止める言葉は「解っています」です。

 「解っています」という人ほど実は解っていなかったりするものですよね。

 「解っています」は「私は既に充分解っているのであなたの話は聞くに及びません。という事ですから、そこからその人の成長は望めません。

 本当は解っていないかもしれないことにも気が付かず、別の考え方があることも知ることができなくなるのです。


 人は失敗した時は改善しようとしますが、本当にその人を成長させるのは成功している時に自分を変えていくことができるかではないでしょうか。


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