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リーダーの資格 [◆徒然なるままに 「自分らしく生きる」]

 リーダーは強い者です。

 会社であれば上司や社長、学校であれば先生、そして校長先生です。


 プロ野球であればコーチや監督が該当します。

 何度かこんな話を聞いたことがあります。

 プロ野球でピンチを迎えたピッチャーに、監督が「打たれたら俺が責任を取るから、思いっきり投げろ」と言う話です。


 会社でも部下が失敗したら上司の責任となるでしょう。

 我々学習塾でもスタッフや講師の不手際は塾長の責任です。

 
 いぶき学院の自慢は先生達です。

 でも、失敗はしますし問題も起こします。

 悪気はなく、一生懸命にやったことでの失敗であると信じていますので、よほどのことが無い限り責任を取らせることは有りません。

 失敗が起きた原因は、私の指導が行き届いていなかったこと、私との打合せ不足(情報の共有がされていない)、私のチェックが行き届いていないことが殆どです。

 従って、私が謝罪して同じ失敗が起きないように改善点をお伝えします。


 塾生についても同様です。

 もし、塾内で塾生が他の塾生に迷惑をかけることが有るならば、それは迷惑をかけた塾生の責任ではなく、私の責任です。

 塾生を庇い私が謝罪することになります。

 塾生とは会話をして、これからを考えさせて一緒に前に進んでいきたいです。


 学校などでも色々な問題が起きていると思います。

 子供の人数が多く、先生方のご苦労はとても言葉では言い表せませんが、少なくとも学校部起きた事は学校(校長)の責任です。

 会社で起きたことの責任は会社(社長)の責任です。


 立場が上の人は、下の人を守る責務があると思います。

 強い人間は、弱い人間を守るものだと私は思っています。

 それがリーダーの最も大切な資格ではないでしょうか。


 だからこそ、リーダーは強くならねばなりません。



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学力をつけるために必要なこと(3)  [★感謝と成長 「夢をあきらめない」]

 学力とは学ぶ力であり、学ぶ力がつくと継続的に勉強ができるようになり、成績や偏差値も高い水準で安定します。そして、学ぶ力がつくと人間力がついていくことになります。


 褒美は罰と同じで、親が子供を思い通りにするために行うことです。

 子供は、親から褒美(褒めることを含む)をもらいたいとか叱られたくないという、外的要因で勉強をしているだけあり、自らの“やる氣”で勉強しているのではありません。

 褒めることも一種の褒美ですから危険です。

 褒めることは「あなた(子)は私(親)の思い通りになることで褒められる」ということです。

 従って、褒めることも褒美の一種となり、褒められるという褒美をもらえないと行動できなくなってしまいます。

 では、褒めてはいけないとしたらどうすればいいのでしょうか。

 結果ではなく過程、親の気持ちではなく子供の気持ちに視点を当てることで褒める以上の効果を出すことができます。

 この方法は、結果が良くても悪くても使えます。

 結果が良い時にしか褒めることはできませんが、この方法は結果が悪くても使うことができるのです。

 「嬉しそうだね」、「悲しそうだね」、「一生懸命にやっていたね」、「頑張っていた事を私(親)は知っているよ」、「あなた(子)はこの結果についてどう思う」、「今度はどうなりたい」、「次はどうすればいいと思う」

 次のような言葉とは大違いです。

 「なんだ、この点数は」、「だから私(親)が言ったじゃない」「どうしてこんな問題ができないんだ」、「私(親)が中学生の時はこんな点数は取ったことが無かったぞ」、「頑張っても、結果が全てだ」

 勿論、兄弟と比べることは絶対に避けてください。

 続く


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言い訳は成長の敵  [★感謝と成長 「夢をあきらめない」]

 コロナ禍で会議もほとんどオンライン開催となり、今は多少収束に向かってはいますが、まだまだオンラインの会議は続きそうです。

 学習塾業界でも、全国から集まる会議は10月に開催が決まっていますが、それまでは殆どオンラインとなるでしょう。

 コロナ前、私は会場行くのに、きっちりと間に合う電車に乗るようにしていました。

 ところが、あまりにもきっちりとし過ぎると、少しでも電車が遅延すると開始時間に遅れてしまいます。

 すると電車の中で言い訳を考えるのです。

 「電車が遅れたと言おう」と。しかし、少し余裕を持って出かければ間に合っていたことも多くあります。

 つまり「電車が遅れた」というのは、言い訳であり、絶対に間に合わせようという気が無かった自分に原因があるのです。

 「私は間に合うように家を出たのに、電車が遅れたことが悪い」と言い訳をしているのです。もちろん、余裕を持って家を出ても遅れてしまうことは有りますので、それは仕方が無いと思います。

 しかし、開始時間ギリギリにつくように電車を乗り継いで遅れるのは本人の問題ではないでしょうか。

 会場で待っている人にとっては、理由は関係ありません。遅れたという事実が問題なのです。


 いぶき学院の塾生で宿題をやってこない人は少ないです。

 その中でやっていない人は「時間が無かった」という理由があるのですが、これは「私はやろうと思っていたのに時間が無いのが悪い」ということになりますが、やっていないのは自分が原因です。

 「ノートを忘れた」、「ノートを新しくした」、「教科を間違えた」、「別のノートにやってある」と言う人もいます。先生達は前回の内容を理解できていたかどうかを知りたいので、やったノートが無いと理解度の確認ができません。

 やったノートが無いというのは、自分の不注意です。塾生を信じなければならないのですが、「宿題をやった」と言っているにも関わらず、同じ問題をやらせてできないと「やっていないのでは」疑ってしまいます。

 それは、先生達も嫌なことです。


 言い訳をすることは嫌なことだったり、苦しいことだったりします。それならば、やってきた方が楽なのではないでしょうか。

 中には宿題をやるよりも、言い訳の方が楽という人もいるかもしれません。

 しかし、これは一番危険なことです。“言い訳は成長の敵”だからです。  
 言い訳をする人は、やるべきことをやらない人であり、常にできない理由をつくり、全ての事から逃げてしまう生き方にもつながります。

 そうなると、前向きにものごとをとらえられなくなり、人として成長ができなくなります。

 従って、勉強ができるとかできないとかよりも、言い訳をしないことが大切です。

 言い訳をしない人は成長します。

 出来ない理由をつくらず、やるべきことをやることで言い訳は無くなります。


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学力をつけるために必要なこと(2) [★感謝と成長 「夢をあきらめない」]

 学力とは学ぶ力であり、学ぶ力がつくと継続的に勉強ができるようになり、成績や偏差値も高い水準で安定します。そして、学ぶ力がつくと人間力がついていくことになります。

 今回は、叱ることと褒美についてですが、これらも避けなければなりません。


 勉強する理由が、「お母さんに叱られるから」だとしたら、その子は、叱られないと勉強をしない人間になっていきます。

 そうなると、叱られなければやっていいという発想にもつながり、大人になって物事を自分自身で判断しなければならない時に、善悪や人の迷惑などによる判断ではなく、罰則を受けないという理由で判断するかもしれません。

 子供は叱られ続けると、叱られるのが嫌で叱られないためにどうすればいいかが、行動の判断基準となります。

 人のためとか社会のためとかではなく、叱られないように、罰則を受けないためにという行動になります。

 その行動は結果的に自分のためになりません。

 子供を叱る場合は次の3つだけです。

 〔危険・迷惑・法律違反〕

 それ以外は原則として、見守ることしか親にはできないのです。


 勉強する理由が、「お父さんにゲームを買ってもらえるから」だとしたら、その子はご褒美をもらえないと勉強をしない人間になっていきます。

 勉強をしてよい結果を出したときに褒美をもらえるとしたら、褒美を常に要求する子になっていきます。

 「褒美をあげる」と言った時は一生懸命にやりますが、褒美がもらえないと勉強をしなくなります。

 勉強をし続けさせるためには、褒美を出し続けることになりますが、それはいつまでも続くものではありません。

 社会に出て結果を出せば報酬を得ることができます。

 従って、報酬という褒美をもらうために結果を出そうとすることは現実としてあることです。

 報酬をもらうことは自分の生活を維持するために必要なことで、報酬を得ることで自分や家族の幸せにも繋がっていきます。

 しかし、勉強に褒美は必要なものではなく、褒美をもらうためではなく自分のためになるからやるものです。

 続く



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学力をつけるために必要なこと(1) [★感謝と成長 「夢をあきらめない」]

 学力とは学ぶ力であり、学ぶ力がつくと継続的に勉強ができるようになり、成績や偏差値も高い水準で安定します。そして、学ぶ力がつくと人間力がついていくことになります。

 学力をつけるために何が必要なのかは、勉強をしても学力がつかない人に共通していることを探ることから見えてきます。

 やる気について…やる気がない、勉強の習慣がない

 ノートについて…勉強した日にちを書かない、解いた問題集のページと問題番号を書かない、字が読みづらい

 集中力について…集中力がない、ゲームやスマホなど他の事に気が取られてしまう

 環境について…学習する場所がない、学習の場が騒がしい、落ち着けない

 学びについて…学びを受け入れられない、話を聞くことができない、解ったつもりになる、言い訳が多い、できない理由をつくる、限界をつくる、決めつける

 親について…「勉強しなさい」といつも言う、結果の良し悪しを気にしすぎる、結果で叱る、褒美を与える

 これらのことは親の問題を除き、本当に学ぼうとする“やる氣”がつくことでクリアできます。

 親の問題は親が変わるか、子が親の対応に気を取られないかとなりますが、どうしても親のこのような対応は、子のやる気を無くさせたり、学力の伸びにストップをかけたりします。

 とにかく、「勉強しなさい」は言わないで我慢することです。

 “忍耐!”

 「でも、何も言わないと勉強をしない」とおっしゃる方がいますが、子が「勉強しなさい」と言われて勉強をすることや、親が強制的に勉強をさせる(時には、親が「教えてあげるから」と言って嫌がる子を教える)ことをした場合、子供が喜んで勉強するならばよいでしょうが、嫌々やるのなら身につくことも身につきません。

 勿論、学ばせられては学ぶ力はつきません。

 子供からの要望で親が教えるのなら良いのですが、半ば強制的に教えて「親が教えたからテストの結果が良かった」場合、何年生まで教え続けられるのでしょうか。

 嫌がる子にいつまで勉強を強要できるのでしょうか。

 周りから言われてやる勉強で、本人に学力が身につくのでしょうか。

 だから、「勉強しなさい」と言うことを我慢するのです。
続く



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スマホケースが壊れた [◆徒然なるままに 「自分らしく生きる」]

 塾生が、「最悪!スマホケースが壊れた」と言っていました。

 見ると、ケースが切れてしまっていてスマートホンに付けることができない状況で、もう使い物にはなりません。

 スマートホンを購入する際に殆どの人がケースも一緒に買うのではないでしょうか。

 ケースは外見を左右するので、本体のスマートホンよりも色やデザインにこだわって選んだのでしょう。

 従って、その破損したケースの姿を見ると悲しい思いになるのは当然です。

 私が塾生に言ったのは、「それは良かったね。スマホが壊れなくて」
 
 「ケースはスマホを守るためにあるのだから、良かったじゃない」と言うと、塾生は穏やかな顔になり帰っていきました。

 見方、考え方、心構えによって、一見悪いことに思われる出来事も、良いこととして受け入れることができると思います。

 「どうしてこんなことが起きるのだ」と腹を立てるより、「まてよ、考え方によってはこれはラッキーじゃないか」ということは少なくありません。

 例えば、全ての失敗は次につなげることができます。

 失敗したことを受け入れて、失敗の原因を探り、同じ失敗をしないために行動していけば改善になります。

 物事は捉え方次第で自分にとって、悪くもなり良くもなります。


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