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町塾 いぶき学院 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 学習塾業界は大手塾やFC加盟塾が目立つようになり、地域密着の個人塾が減少傾向にあります。

 いぶき学院から半径500m内の個人塾もこの10年ほどで少なくとも6塾はなくなりました。

 さびしい限りです。中には実力のあるベテランの塾長さんの塾もありました。なくなってしまうことは、子供たちにとっても不幸なことです。

 色々な個性のある塾長さんが思い思いの指導法で授業をする。子供たちが活き活きと通塾する。そんな個人塾は、ずっーと残っていてほしいと思います。

 私は今まで「なくなっていい塾はない。」と言い続けてきました。それは、子供たちは一人ひとり異なるわけですから、一人ひとりに合う塾があっていいのではないかと思うからです。通塾していて「良かった」と思う塾はそれぞれ異なると思うからです。

 教育は市区町村によってその制度が異なり、しかも学校単位で指導方針や指導法化が異なります。家庭の教育方針も保護者様によって様々。まして子供たちは一人ひとりが日々変化する存在です。

 その子供たちを見て
 いぶき学院は、この町になくてはならない「町塾」を目指します。

ここが変だよ、学習塾⑤「個別指導カリキュラム」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 個別指導をやっていて何が一番大変かと言うと、時間割の作成です。

 先生と生徒に直接スケジュールを任せれば楽なのですが、それができるとしたらマンツーマンであって、先生1人に生徒2人以上の個別指導塾では、個々の生徒の時間割を作成しなければなりません。

 先生の都合と生徒の都合、そして先生の指導できる教科も考えなければなりません。

 先生が1人来られなくなると大事で、生徒を別の先生や別の日に振り分けなければなりません。

 生徒の時間変更も空きがあれば何とかなるのですが、空きが少ない状況での振替依頼は、他の生徒に時間変更をお願いするしかなくなります。

 それは避けたいので、余裕をもって先生の時間の空きを多くして時間割を組むとなると採算が取れません。

 時間割の変更や授業の振替があると、それは緊急事態ですので、他の仕事より優先させなければならなくなります。

 とにかく、時間割の作成は凄く時間がかかり、時間割の変更は辛いものがあります。

 しかし、授業の振替は個別指導の宿命と思い、気持ちよく受けるしかないですね。


 そして、次に手間がかかるのはカリキュラムの作成です。

 個別指導は一人ひとり、学校、学年、教科、指導回数、学力、試験日程、そして目的が異なりますので、人数と教科分だけカリキュラムが必要となります。

 もちろん、教材も一人ひとりに応じて考えなければなりません。

 いぶき学院では、同じ学校、学年、教科であったとしてもカリキュラムや教材が異なります。

 この夏もカリキュラムと教材が同じ生徒はいません。

 他の個別指導塾のことは承知しておりませんが、ひょっとしたら、同学年で同教科ならば、同じカリキュラムと教材を使用しているところは多いかもしれません。

 本来、それが受験学年であったとしたら、同じにはできないはずです。

 なぜなら、学力と志望校が異なるからです。

 学習塾が使用する夏期講習テキストには、数学だと中1の「正負の数」が復習単元として載っているものがあります。

 しかし、「正負の数」から復習をする必要がある中学3年生は殆どいません。

 なぜなら、そこができない中3生がほぼいないからです。

 もしいたとしら大変なことです。その子が入試までの7ヶ月間、志望校に合格するために特別なカリキュラムを組んで対応しなければならないことになると思います。

 実は10年ほど前に、品川地区の都立上位校であるK高校を志望する女の子が、個別指導の塾で夏期講習に申し込んだところ、「正負の数」から始めたという話を聞きました。すぐに当塾に相談に来て転塾したことがありました。偏差値が60を超える志望校であり、成績も4と5だけの子が「正負の数」からやる必要は全くありませんでした。

 今でも、個別指導では、カリキュラム作成には手間がかかるため、テキストを渡して前から順番にやらせる学習塾があるかもしれません。

 そうだとしたら、子供たち一人ひとりに合ったカリキュラムと教材の準備をお願いしたいところです。

 個別指導だからこそ、集団指導のように全員同じにしないで済むはずです。

 また、学習塾に失礼なことを書いてしまいましたが、もしもと思い書かせてもらいました。

 頑張ろう!学習塾。


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合格は手段「実績を自慢しない」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 学習塾は将来的に、合格実績を売りにしなくなると思います。

 勿論、我々のような中小塾は大手塾に合格実績で引けを取ります。

 1教場での実績とか、塾生当たりの実績。あるいは学校の平均内申や偏差値ならば、全教場の合計数とは異なりますので比べられても遜色ない結果になることもあると思います。

 しかし、根本的に合格実績を売りにすることは如何なものかと思います。

 理由は2つで、今までも繰り返しお話ししてきたことです。(くどくてすいません)

 1つは“塾の都合”の受験となることです。

 “塾の都合”とは、学習塾が合格実績を出すために、行きたくない学校を受験するように勧められたり、沢山の学校を受けるよう促されたりすることです。

 そのため、時には合格して進学する学校が決まっているのに受験させられたという話も耳にします。

 成績の良い子(学力の高い子)を塾生として在籍させて、塾の授業を受けていなくても、合格したら実績としてカウントするなどもあるようです。


 2つ目は、“合格は目的ではない”からです。

 志望校合格は、将来成し遂げたいこと、夢の実現のための通過点であり、1つの目標に過ぎません。

 目的を達成するための手段なのです。

 大切なのは合格した後であることは言うまでもありません。

 しかし、時には合格したことで全ての努力が報われて、その辛い日々から解放され、合格後はバラ色の学校生活が待っていると勘違いしている人もいるのではないでしょうか。

 合格することで後は順風満帆に事が運び最終的に、安定した高収入が得られ不安なく一生生きていけると思っている人もいるかもしれません。

 そこまでは行かなくても、合格したことで先々の不安が軽減され、多少は他人より良い生活が出来のではないかと期待するかもしれません。

 残念ながら、それらは年功序列賃金制全盛で高度経済成長時代の遺物なのです。

 親たちは、社会に出てからが大変であり、本当の勝負であることを知っているはずです。

 だからこそ、合格後、あるいは不合格後に次の準備に取り掛かり、自己努力をしていくことが大切だと思います。

 従って、不合格となってもその経験を活かして次の準備をしていけば何も問題は有りません。

 そのために、合格するために精一杯やることが重要です。

 精一杯やった人は、結果はどうあれ結果が出た後、その教訓を次の準備に活かせるはずだからです。


 もし、学習塾が合格実績を売りにして、志望校合格を最大の目的としたならば、本当に本当に大切なその先を考えなくなるのではないでしょうか。

 中学受験で志望校に合格して、12歳にして人生が終わってしまうことは有ってはなりません。

 その先の90年の人生の為に合格をしたことを忘れないためにも、受験生はずっと先の未来を夢見て、今を頑張って欲しいです。

 我々学習塾は、合格をさせることを目的とせず、子供たちが未来の社会を豊かにし貢献できる人間、そして多くの人を助け幸せにできる人間になってもらうことを目的となるようになりたいと私は思います。


 先日、中学3年生と保護者様対象の「高校入試説明会」を開催した際に、塾生には“合格(受験)の後が大切なんだ”と、それが一番伝えたいことであると自分の中で認識しました。

 全員は合格できなくとも、受験を通して全員成長することはできるし、受験を教訓として次に向けて頑張っていくこともできます。

 そのために、この後受験までの日々を大切にして過ごして欲しいと思います。



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あぶない! [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 先日、歩道を歩いていた時のことです。

 車道側から、突然自転車が歩道に乗り上げてきて私の10cmほど前を通過しました。

 自転車に乗っていたのは、小学生低学年の男の子でした。

 すぐ後ろから、これも自転車に乗って歩道に入ってきたお母さんは、私の後ろを通過しました。

 母子に挟まれるような形となり、私は立ち止まっていました。

 お母さんが私に向かって後ろから、「すいません」と声をかけてきました。

 そして、その後わが子に向かって

 「あぶない!」

 母子はそのまま去っていきました。


 その時思ったことですが・・・

 その子はお母さんに、「前をしっかり向いて自転車に乗らないと、人とぶつかったら危ないじゃない」と言うメッセージを受けと思いました。

 でも、「周りに注意をして自転車に乗らないと、人とぶつかって迷惑をかけるじゃない」ではないではないかと思うのです。

 一緒にいたお母さんの責任として、「申し訳ありません。お怪我は有りませんでしたか」と謝罪があり、子供に対しては、「人に迷惑をかける」と指導することではないかと思いました。

 今回の出来事で、「あぶない!」と子を注意(叱る)ことは、注意された子の立場で考えると、人とぶつかることは、相手に迷惑をかけるからではなく、自分が危ないからいけないことなんだと、頭にインプットされたと思います。

 すると、今後その子は成長の過程で、自己中心的な性格で、相手に迷惑が掛かっても自分が良ければ良いという人間に向かっていくことを想像してしまいました。


 大人の言葉は子供を変えていきます。

 子は親の鏡なのです。

 今も、赤信号を渡る親子を見るとドキッとします。

 しかし、親は子供に気をつかい、言動や行動に注意しなければいけないと考えると、気が重くなります。

 だからこそ、人は子供が見ていなくても普段から、他人への感謝の気持ちと思いやりを持って生きていくことかなと思います。


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中学校の絶対評価 [★勉強・受験 「授業・勉強法・受験作戦」]

 2002年度から、中学校の評価制度が絶対評価となりました。

 従来の相対評価は5段の割合が、「5」は7%、「4」が24%、以下「3」38%、「2」24%、「1」7%となっていました。

 ところが、絶対評価となると全員が「5」とか全員が「1」も有り得るということになります。

 勿論、中学校の試験で全員が100点とか、全員が0点と言うことは有りませんし、先生も極端に成績の偏りが無いようにつけてらっしゃいますので、そのようなことは有りません。

 とはいうものの、実際には「5」の割合は10%を超え、「1」の割合は3%程度です。そして、約半数は「3」となっています。

 そこから解ることは、あくまでも推測ですのでご注意下さい。

 「1」は1クラスに多くて2人。通常は1人か0人の割合ですから、授業を受けることができない子1人に「1」がつくと、他の子に「1」はついていないことになります。

 従って、私立高校では「1」がある子の受け入れには難色を示すのです。


 都立高校では、募集人数を下回ると是受験生全員が合格となる、「全入」となります。「1」がついている場合、実力をつけて私立校の一般入試で合格を目指すか、「全入」の都立を受験するかです。

 しかし「全入」の都立高校には注意が必要です。

 もともと考えている学力の生徒より学力の低い生徒が入学してくるわけですから、学力の低い生徒は授業についていけなくなり落第の可能性が出てくるということです。

 「全入」の都立を受験する場合は、合格してしまうわけですから、なおさらその高校に合う学力を身に付けておくことが重要です。

 合格通知より卒業証書の方が大切であることを、忘れないでください。


 いぶき学院に通塾する中学校数は公立中だけで10中学校を超えます。

 指導をしていると、その子の実力がどのくらいあるのかが解ります。試験結果より自分の感覚の方が確かだったりするものです。

 しかし、中学校の試験は各々異なるわけですから、そこに不公平が起きます。

 例えば、実力があり100点を目指すAさんと少し勉強が苦手で平均点が目標のBさんがいたとします。

 2人は中学校が違うため問題が異なります。

 Aさんが通う学校の数学の平均点が40点。Aさんの得点は75点。B山河通う学校の平均点が70点。B産の得点が80点。

 そうなると、絶対評価で言うとAさんの評定は「3」、Bさんの評定は「4」となります。

 実際には平均より30点以上高い得点を取ると、かなり優秀です。

 平均40点のテストで70点越えは相対評価では「5」に相当します。しかし、絶対評価で80点未満は「4」となります。

 勿論、学校では普段の態度や提出物なども加味され、平均点も考慮してバランスを考えるはずなので、必ずそうなるとは限りませんが、100点を目指して頑張っていたAさんが80点未満では、本人はショックでしょうし、高いレベルの志望校を目指していたとなると不安になってしまいます。


 このように、学校の問題の難易度が異なると、評定の学校間格差が生じてしまい、高校入試で公平に扱われるべき内申点にかなりの不公平が生まれることになります。

 少なくとも、絶対評価とは言え相対評価的な部分も確保して、各評価の割合に幅(「5」は全体の7%~12%とか)を持たせるなどの工夫が無いと、子供たちのやる気をなくす試験となってしまいますし、なにより高校入試が不公平なものとなってしまいます。

 中3だけはせめて…と思ってしまいます。


 絶対評価の良いところは沢山あるのですが、子供たちを試験の得点だけで評価してしまうとしたら、こんなに不公平でかつ、子供たちにとって残酷な評価は有りません。

 我々は、試験結果だけではなく、どれだけ試験に向けて真摯に取り組んだか、どれだけ真剣に将来を考え頑張ったかを見て、そこを評価したいです。


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定期試験でプリントと全く同じ問題を出していた中学 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]


20数年前、いぶき学院がこの地でオープンした頃のことです。

某区立中学校の理科の定期試験対策で、試験範囲の授業をしようとすると、「先生、そんなの必要ないよ」と塾生に言われました。

「だって、このプリントがそのまま出るから、それをやっておけば点数が取れるんだ」

学校から配られているプリントの問題は、ごく普通の問題で、5,6枚あったでしょうか。

私は、いくら何でも、そのまま出るわけはないと思っていました。

プリントの問題が出ると言っても、似ている問題が出るとか、数値が変わっているとか。そのまま出るとしても何問かだけ同じ問題で、違う問題も出るとかなら、まだわかる気もしました。

ところが、本当に全ての問題が、渡されたプリントと同じ問題で出題されていたのです。

試験対策は、学校のプリントを一緒に解いて、解らない問題の解答は丸暗記する勉強になりました。

記号の回答も、そのまま「イ、エ、ア、ウ」と覚えるだけで全問正解!

ですから、理科が本当に苦手な子でも80点、90点取ってくるのです。

全く同じ問題にも関わらず、不思議なことは学校の平均点が60点とかで高くないことです。

私の推測ですが、その中学の生徒たちが勉強をしていないということです。

勉強をしない生徒たち、つまりやる気のない生徒たちが沢山いて、そんなにやる気がないならば、やる気を出させるために「同じ問題を出すから勉強をしてきなさい」となったのではないかと思います。

しかし、それでも勉強をやらないため平均点が低かったのではないでしょうか?

やる気を出させるために、ハードルを下げればいいというものではありません。

やる気になれば、多少ハードルが高くても頑張るものです。

このケースでは、頑張れば点数が取れるという体験をさせることで、やる気を出させようとしました。

ところが、うまくいきませんでした。

やる気のない理由の見極めが、出来ていなかったために招いた結果です。

宿題をやり切れない子に対して、宿題の量を減らすことは必要だと思いますが、宿題をやってこない子に対して、宿題の量を減らすことは効果が殆どありません。

プリントと全て同じ問題の定期試験は、後にも先にもその中学校の理科だけです。

その時の中学生は、現在37歳~39歳くらいになっているでしょうか。

自分の子供に、「お父さんは中学生の時、理科は得意でいつも80点以上だったよ。理科は解らなければ答えを覚えればいいんだ」と言っているかもしれません。

親は自分が経験したことを、どうしても子供に伝えます。

本当はそれがおかしなことであっても、その時はその勉強法が正解だったからです。

我々は今、目の前にいる子供たちへの指導が、次の世代にも影響を及ぼすことを忘れてはいけないのです。

塾生たちが自分の子供に良い行動、成長し続けられる考え方を伝えていけるように、接していきたいと思います。





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