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覚える事は勉強ではない!? [★勉強・受験 「授業・勉強法・受験作戦」]

 人の記憶をつかさどるのは、「海馬」と呼ばれている脳の部位です。

 新しい記憶は、まず海馬に保存されますが、新しく覚えたことは、普段から使っていないと、海馬は忘れても良い記憶と認識して忘れてしまう様です。

 海馬は短期記憶に関係があり、長期記憶はどうかと言うと、よく使われる情報で海馬が大切と認識した場合に、海馬から大脳皮質に移動して長期記憶となるようです。

 海馬は長期記憶として定着する前の情報を、まず保管する場所であり、そこで忘れてもいい情報か大切な情報かを選別するのです。


 従って、意味の無いこと、理由が解らないことを覚えても記憶に残りません。

 つまり、“丸暗記”は長期記憶にならないのです。

 試験の前日に“丸暗記”をし、試験で得点を取っても試験が終わると“丸暗記”した内容を忘れてしまうのです。

 では、長期記憶として保管するにはどうしたらいいでしょう。

 私は、①覚えないこと、②関連付けること、③理解することだと考えます。

 覚えなければ忘れないので覚えようとせず、意味を考え他の事に関連付け理解することだと思います。

 以前、「三角形の面積を求める時、底辺×高さをしてから、2で割るんですか?」と質問されたことが有ります。

 しかし、三角形は平行四辺形の半分であることを理解していれば、2で割ることは当たり前となるはずです。

 さらに言えば、“丸暗記”をしていると、三角形や四角形の面積の公式を全て覚えなければいけませんが、面積は底辺と高さで決まることを理解できれば、公式を覚える事は不要となります。

 考えれば解ることは沢山あるにも関わらず、意味を考えることや、理解することをしないと、“丸暗記”に頼ることになり、「沢山勉強しても忘れる」、「前にやったことは覚えていない」、「忘れてしまうから試験勉強は直前にやらない」となるのです。

 友達にやり方を教わったり、問題集の解説のやり方を覚えたりする勉強ではなく、友達からでも解説からで得たやり方の理由を考える癖をつけたいものです。


 とは言え、覚えなければならないことは多くありますので、何かに関連づけて考えることで、海馬を大切な記憶と言う認識に変える事ができれば長期記憶になるはずです。

 1つ理解を多くの理解につなぐことができれば、全てか結びつき関連付けがでます。

 そして、理解することで、「当たり前」を増やすことができれば、勉強は楽になり学力がついていくでしょう。


 学力をつけようとするならば、「覚えよう」という学習ではなく、「どうして、なぜ」と意味や理由を考える学習をすることです。


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頑張ると良いことが一杯ある [★感謝と成長 「夢をあきらめない」]

 パリオリンピックが開幕、夏の甲子園も開幕し感動の毎日です。

 スポーツ好きの私にとっては夢みたいな期間で、できれば毎年オリンピックがあれば嬉しいと思ってしまいます。

 しかし、オリンピックは4年に1度であり、選手たちが次のオリンピックを目指すには、4年間頑張ることになります。

 4年後の身体能力は明らかに今とは異なりますから、アスリートにとって4年間は年齢との戦いでもあり、10代の選手にとっては、次はさらにレベルアップと考えられますが、選手によってはどうしても4年後となると体力の衰えが問題となります。

 いずれにせよ、次のオリンピックまで4年間と考えると、ここで結果を残したい、金メダルを取りたいとなります。

 甲子園の高校野球も春と夏はあるにせよ、球児にとっては一生に1度の晴れ舞台で、特に夏の甲子園は負ければ終わりの試合が続きます。

 オリンピック、次は4年後であり、出場できるかどうかわからない。

 夏の甲子園は負ければ終わりで、一生に1度だけ。

 やり直しがきかない試合だからこそ、我々が知らないところで、我々が想像すらできない試練に耐え選手たちは本番を迎えます。

 だからこそ、見るものが感動する試合となるのだと思います。


 多くの選手たちが精一杯努力しても、優勝できるのは1人(1チーム)だけで、しかも微妙な判定に泣かされたり、きわどい判定の末に負けてしまったりする事もあります。

 どんなに強い選手(チーム)でも絶対に優勝できる保証はありません。

 試合結果は目指していたものにならないことが、殆どではないでしょうか。

 でも、頑張れば結果はさて置き、自分自身の成長につながることは間違いありません。

 我々も見ていて、感動したり、勇気づけられたりしますし、多くの学びを得ることも出来ます。

 これもアスリート達のおかげである思います。

 そして、その上に良い結果がついてくれば、なおさら嬉しいです。結果は誰も分かりません。

 だからこそ頑張れるのだと思います。そして頑張ると、自己成長に結びつくのです。

 そう考えると、結果はおまけみたいなものかもしれません。どんなことでも精一杯頑張る。

 そして、結果を受け入れ成長する。その繰り返しが人を成長させることは間違いありません。

 結果を求めず、結果を恐れず、やり直しがきかない人生に勝負を挑み続けていきたいものです。

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終わらせることが目的?「夏休みの宿題」 [★勉強・受験 「授業・勉強法・受験作戦」]

 夏休みもお盆を迎えると半分が過ぎます。子供たちにとっては、夏休みの宿題の進み具合が気になる時期となります。

 ところで、そもそも夏休みの宿題は何故あるのでしょうか?

 学力を伸ばすため…これは正しいと思います。

 しかし、量と質がそれに見合わないと、その目的は果たせません。

 勉強をさせるため…それが何に結びつくかが問題です。

 遊ばせないため…「ゲームばかりやっているから、それよりはマシ」という考えありますが、それな
らば勉強以外のことで良いと思います。色々な遊びや体験からの学びは夏休みしかできません。

 親を安心させるため…子供が勉強しているのを見て安心する人もいるでしょう。しかし、それは親のために勉強をさせているだけで、子供にとっては辛いだけです。

 成績に加点するため。(成績から減点するため)…学校の先生のお考えがあるので、それを尊重したいのですが、実際にそのように言われて宿題をやる子供達を見ていて、私はそこに意味を見出すことが難しいです。

 形式上、慣例、通例…考え直した方が良いと思います。

 好き勝手な事を書いてしまいましたが、少なくとも夏休みの宿題が、終わらせることが目的となっているのなら改善する必要があると思います。

 本来、宿題は子供たちのためであるにもかかわらず、先生のためや親のためになっているとしたら、おかしなことです。

 夏休みに1学期の学習を復習して、定着させることを目的とするならばOKと思います。
 
 特に、学習塾に通わない子にとっては、復習をする機会が必要です。

 従って、全く宿題を出さないということではなく、必要な宿題、子供たちのためになる宿題を出す。

 そして、やらなくてもお咎めが無いのが良いかと思うのです。

 夏休みの間に勉強すると役に立つことを提案して、それを子供たちがやり、やらなくても先生は叱らないし成績にも入れない。

 理科の自由研究、読書感想文、税金の作文などは嫌な子も多いかもしれません。

 しかし、それらはワクワクすることかもしれませんし、やり終わったら達成感があるものです。

 強制的という感じではなく、自主的にやる雰囲気をつくることができれば良いなぁと思います。

 そして、先生が頑張って良い宿題を出し、良い雰囲気づくりをしても、子供たちが宿題をため込むと、終わらせることが目的になってしまいます。

 本当に子供たちのためになる、夏休みの宿題で有って欲しいものです。

 残りの期間で自分のための宿題となるように、今からでも余裕を持って宿題ができれば良いと思います。


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