SSブログ

「わいわいガヤガヤ」 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 人に言えない相談できない悩みを抱え苦しい時、外で人と接することが嫌になることは有りませんか。

 それが子供達の場合は学校へ、社会人は職場へ足が向かなくなる時があるかもしれません。

 それでも、最後の力を振り絞り学校や職場に行く。

 その時に会う同級生、先生、同僚、上司の一言が気持ちを大きく揺れ動かすことになります。

 「よく来たね」・「待っていたよ」・「会いたかったよ」と迎えてくれたり

 「どうかしたの」・「何かあったの」と気持ちを察してくれたり

 「一緒に遊ぼう」・「一緒に食事しよう」・「こっちへ来いよ」・「ちょっと話をしようか」と仲間に入れてくる。

 すると、

 「そこに、自分の居場所がある」・「自分の事を信じてくれている人がいる」・「自分の事を解ってくれる人がいる」という感情が起き

 「もう一度頑張ろう」と奮起したり、「くよくよしていてはいけない」と悩みを吹っ切ったり、「実は・・・」と相談することで解決に向かうのではないでしょうか。


 欠席している子に対して、私が絶対に言わない言葉は、「休んではいけない」と「次は必ず来ること」です。

 休んではいけない事は本人がわかっている事、行こうとしているのに行けないから本人は苦しんでいる。

 それを解ってあげることが大切なのに、それらの言葉は全く本人を解ってあげていない言葉です。

 休んではいけないない思っているのに行けない事を解ってあげなければ、口を開かなくなってしまいます。益々悪い方向へ向かってしまいます。


 なおそうとするな、わかろうとせよ


 いぶき学院は子供達(卒塾生)、保護者様(ご家族)、スタッフ(講師)、学校の先生方、その他関係者の皆様が「わいわいガヤガヤ」と、人が集まる居場所として2020年も有り続けたいと思います。


 2019年 ありがとうございました



コメント(0) 

「女の子だから算数が苦手なんです」 [★出来事・行事 「いぶき学院の様子」]

 以前、小学生で不登校になってしまった子がいた。
その子の親御さんとの会話で、気になることがあった・・・

 「~だから」と「~できない」だ。

 話しをお聞きすると、「~だから」や「~できない」が連続して出てくる。

「この子は答えられない」
「この子は自分を表現できない」
「自分を出すことが苦手で、うまく言えない」
「何を聞いても言葉が出てこないから、聞かないようにしている」
「自分のことが説明できない」

 子どもがいるところで「~だから」と「~できない」と繰り返す。

 「この子は~だから」と言いがちではあるが、危険な言葉である。

 「~だから」という決めつける言葉は“言い訳”であり、親が子供のうまくいかないことに対して“言い訳”をしている。しかも、その“言い訳”は子供も聞いているので、本当はできる子供でも自分自身に限界をつくる。

 そして、親が言っていたように「わたしは~だから」としっかり“言い訳”をする。

 そのような子はやる前から、自分にはできないと思ってしまい挑戦することをしなくなる。もちろん挑戦しても「わたしは~だから」と言えば問題は解決してしまうので成し遂げようと思わない。

 
 どんなことでも“言い訳”をつくることができる。

「体の弱い子だから」
「計算が苦手な子だから」
「漢字苦手な子だから」
「国語力の無い子だから」
「長男だから」
「長女だから」
「末っ子だから」
「男の子だから」
「女の子だから」
「そういう年齢だから」

 こんなことを言われたら子供は無気力になりやる気が起きるわけがない。新しいことにも取り組まず、本当は素晴らしい素質があるにもかかわらず埋もれたままの人生を送るかもしれない。

 子供達の可能性は無限大であることは間違いない事実である。


 本当にそう思って心配であるならば、その子のことを良く見てくれている学校の先生や塾の先生などに相談することだ。

 ただし、「この子は~だから」と決めつけている親御さんは確信していることと、その前提が覆ることが不安なので相談できないかもしれない。

 自分を冷静に見つめ直して「~だから」と言う(思う)ことが多い場合は、相談されると良い。


 「~だから」が理由や原因ならば問題はない。しかし、何の根拠も無い決めつけの場合は問題だ。

それを
子供に対して使うと大問題。
他人に使うと大切な人を失うかもしれない。
自分に使うといつまでたっても変わらない自分と付き合うことになるだろう。



コメント(0) 

誰も知らないところで頑張る [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 誰でも人の目は気になるもので、人が見ている時と見ていない時では多少態度(行動)が変わるのではないかと思います。

 しかし、ここまで変わるのかと思う人も少なくありません。強い人(権力者・偉い人・上司)に対してはペコペコ頭を下げていて、弱い人(部下)の前では偉そうにする人を何人も見てきました。

 態度が変わる人は他人を信じられない傾向にある気がします。自分自身に裏表があるわけですから、他人にも裏表があると思っている気がします。ですから権力(地位・役職)にしがみついたり、自分にとって害がなく言う事を聞いてくれる人を周りに置いたりするのだと勝手に解釈しています。

 さて受験生ですが、勉強している振りをして現実から逃げている受験生はいませんか?

 言い訳をしてその場を凌ぎ、人が見ている時はやっている振りをして、いつしか不合格になった時の言い訳を考えている。

 受験勉強が大変だから、別のことを始めたり、勉強をしないで済む理由(用事・病気など)をつくって、勉強をしたくてもできないかわいそうな受験生を演じたりする人もいます。今のままでは合格できないと思われる学校を受験することを「挑戦」と美化し、不合格の言い訳にしようとしている自分に気がつかない人もいると思います。戦いに勝つには逃げる勇気も必要なのです。

 受験は本気で合格しようと思わないと合格できません。何としてでも合格しようと思えば、人の目は気にならなくなり、言い訳も必要ありません。

 人が見ていないところ、誰も知らないところで、どれだけ頑張れるかが大きなポイントです。

 自分自身との闘いに勝ち抜いた人達の中から合格者が出ます。やり抜いた受験生がたとえ不合格となっても言い訳はいりませんよね。人として合格なんですから。


コメント(0) 

逃げるな受験生Ⅱ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

(私の言うことは全ての人に当てはまるわけではありませんのでご注意ください。)

①夢を持つこと、なりたい自分を持つことは大切なこと。

 しかし、目的が明確でないと辛さに耐えられない上に、力及ばすという時に目的を達成する別の道があることに気づかず挫折への道へ進んでしまう。
 “あなたの夢の目的は何ですか”

 目的の無い夢は現実逃避


②合格するためには計画的な勉強をすること。無計画な勉強は合格に結びつかない。できるだけ頑張るではなくて、合格できるように頑張るのだ。

 たとえ「できるだけ頑張って勉強した」としても、それが合格に必要な勉強量と質でなければ合格できない。「やるべきことを全てやり遂げる」ことが大切だ。

 だから、計画を立てるのだ。

 合格するための目標点を設定し、その目標点をクリアするために必要な学習を挙げる。

 次に何を使って(教材)、どのように勉強(方法)をするのか。次に本番までの日数から、いつまでに何をやるか(カリキュラム)を決定する。

 計画を立てる目的は、計画を変更するため。無計画だと計画そのものが無いので、計画の見直しができずに中途半端な学習で終わってしまう。

 計画が立ててあれば、それに従い何としてでも終わらせようという気持ちで取り組める。計画通りに行けば達成感が生まれ、新たなやる気につながる。計画通りに行かなくても、計画を変更することができる。


③できない理由つくらないこと。

 できるとかできないではなく、やり遂げるのだ!何としてでもやり遂げること。
そのためにどうすればいいかを考えること。


④時間はつくるもの、「時間が無い」も言い訳。

 勉強する時間を工夫して捻出したり、学習方法を変えて効率化を図ったり、教材を見直し自分に合うものを見つけたりするのだ。


“逃げるな受験生!”

 受験は人を成長させる。結果はともかく成長させる。だからこそ、修業のつもりで敢えて辛く苦しい戦いに挑もう!

 受験が終わると、ひとつ上のランクの自分がそこに居るはずだ。


コメント(0)