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声が出るようになってきました [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 5月下旬から喉を傷めてしまい、声が出ない状況が続いていました。体調も芳しくなかったので病院へ、それでも改善されず、藁をもすがる思いで探し当てた病院で治療を受け、3週間目にして声がでるようになってきました。でも喉に違和感が残る症状は続いています。

 その間、声が出なくても授業は休めません。スカスカの声でやるしかありません。マイクとスピーカーを購入して授業を継続していました。塾生達には迷惑を掛けましたが、少し声が出るようになり、3週間前より聞き取りやすくなっていると思います。

 声が出ないことで困ったことは、数メートル離れた場所で声を掛けられても返事ができないこと。

 又、咳払いが出ることで、何か文句をつけているように思われたことも有りました。

 電話も掛けられない、出られないなど、とにかく沢山の人に迷惑と不快感をおかけしました。

 塾生達には、前に詰めて座ってくれるなど協力をしてくれたことに対してお礼を言いたいです。 

 まだ、本調子ではありませんので体調管理にも気を使って行きたいです。

 声が出ない事で不自由をしたことは、大変勉強になりました。声が出ない人、喉の調子が悪い人に対して、前より優しくなれると思います。



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「勉強ができない」からの脱出Ⅵ [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 原因その6:目標点を決めない

 目標点を決めないと学習計画が立てられません。なぜなら、学習する内容を決めることができないからです。

 目標点が100点の人、90点の人、80点の人、70点の人、60点の人・・・目標点が異なれば、出来るようになるレベルも異なります。したがって、学習内容も異なります。

 平均点、何点とは決められませんが、ここでは60点としておきましょう。平均点(60点)が目標の人は、基本だけの学習に留めます。

 例えば、中3の数学で展開、因数分解、平方根が試験範囲の場合。教科書とノートを確認して、重要語句だけは書けるようにします。50までの素数を言えるようにします。差因数分解の練習をします。平方根については、「3の平方根」などはわかるようにします。平方根の大小、「整数部分」はわからなければカット。次に教科書レベルの計算をできるようにします。計算だけです。展開はいざとなれば1つずつ丁寧にかっこを外し同類項をまとめてください。因数分解の置き換えや項の組合せがわからなければカットです。
 式の説明、図形のS=alの説明はカットです。ただし、教書に載っている正方形と円だけは授業中に取り上げていると思いますから、解答を見ないで3回ほど書いてみると良いでしょう。その他の説明はカットです。

 具体例が分かりにくかったかもしれませんが、試験の原則は“できる問題だけできるようにする”です。

 「学校の先生が出ると言った問題が難しすぎて、そればかりやっていたら、本番の試験で基本問題(簡単な問題・自分ができる問題)のミスが多かった」ということを防ぎたいです。「」全然わからない問題があったけど、基本問題と計算は殆ど解けた」が理想です。その結果60点であっても、基本問題ができていれば次の単元に進んでも解らなくなることはありません。

 100点目標の人は、試験前に基本問題を一通りチェックし確実にしておいて、ここまでは出題されないだろうと思う問題までやり抜きます。

 目標点を決めてそれに応じて、学習内容を決め計画を立てる事が重要です。

 60点目標の人は、自分のできる問題を増やすこと。
 80点目標の人は、教科書と授業中にやった事だけはできるようにすること。
 100点目標の人は、出来ない問題を無くすこと。



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小学5年生で『速さ』を勉強することになりました [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 ところで先日、映画を見てきました。それは、「空母いぶき」です。やはり「学習塾いぶき」としては、見なければならない映画ですよね。内容は語れませんが、良かったです。


 さて、教科書の移行措置で、小学5年生が今まで小学6年生で学習していた『速さ』を勉強することになりました。(現小6は小5の時に『速さ』をやっていないので、今年度は小6も『速さ』を勉強します。)

 小5の算数は、分数の計算(通分・約分・たし算ひき算)、体積、三角形四角形の面積、そして速さと割合の単元があり、小5の学習の方が、小6の内容よりも濃い気がします。

前回のブログ書かせていただいたように「誰にも教わらないで工夫して解決していく力を育む教育が必要である。」と思います。


 速さの問題が出てくる度に、◯をかいて「は・じ・き」を繰り返す指導で、速さを理解できる小5が何人いるでしょうか。

 30人のクラスで、公式や「は・じ・き」を覚えさせて計算させることで、ほとんどの子は正解を得ることができるでしょう。でも、本当に理解して解ける子がどのくらいいるでしょうか?

 問題は理解する力が充分あるにも関わらず、理解せずにやり方で問題を解く癖がついてしまう子が増えることです。それは、その子にとって大きな将来に向けてのマイナス材料であり、日本の損失です。

 いぶき学院に入塾してくる小中学生にも速さが苦手と言う子が沢山います。答え求めることができても「苦手」なのです。その子達は、公式や「は・じ・き」を覚える事が第一で、速さの意味を理解していません。問題を見て、どの数字が時間で、どの数字が距離なのかを探し公式に代入して計算することしかできません。

 いぶき学院で小学生の時に速さを学習した子で、中学生になって速さが「苦手」と言うことを聞いた記憶がありません。中には「苦手」な子もいるかもしれませんが、公式も「は・じ・き」も使わずに、意味を理解して解くことができています。

 “正解を出そう”とする子達は公式を覚えようとしてしまうかもしれませんが、何とかそれを阻止して、速さを「苦手」にしないようにしたいです。

 出来れば、今年度中に速さや割合の公開講座を設けたいと思っています。多くの小学生や保護者の皆さんに、公式を使わずに速さの問題が解けることを実感してもらいたいと考えています。

 教育でしか社会は変えられません。何かお役に立てることがあればしたいです。


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“正解を出そう”とする子供達 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 いぶき学院に通う小学生は中学受験をする子としない子がいる。中学受験生は個別指導で授業を行い、非受験子供達はグループ指導で授業をしている。

 グループ指導で学ぶ中学受験をしない子供達。この子達は高校受験を目指すわけだが、3年以上先の事を考えているわけではない。ところがこれが良く頑張っているのでビックリする。だから私としても何とか少しでも鍛えて、将来幸せになってもらいたいと力が入る。

 新しく入ってきた子達は特に礼儀とけじめからしつける。通塾、宿題、挨拶、話の聞き方、ノートの取り方など会話を通して身に付けさせる。挨拶ができて、遅刻欠席をせず、宿題をきちんとやってきて、話を素直に聞くことができれば学力は後からついてくる。

 いぶき学院のグループ指導は高校受験専門であることから、中学生のクラスと比べて小学生のクラスは極端に少人となる。どんなに少なくてもクラスとしてけじめを持って学習させる。少人数だからと言って礼儀とけじめを軽んじると、人数が増えた時にクラスが崩壊する。いぶき学院に入塾したら、初めから礼儀とけじめはつけさせる。

 いぶき学院の小学生は楽しく通っていると考えている。グループ指導は小学生も中学生も塾生全員が、授業に参加していると言う意識があると思う。参加とは、そこに居ることではなく、みんなで一緒に考えて、一人一人が1つの授業を創っていくことである。言い方を変えると、そこに塾生一人一人の居場所が存在し、その一人一人が重要な役割を持っていて1つの授業が成り立つのである。だから、学校の授業時間の約2倍~3倍の授業時間であっても集中できる。

 さて、話を小学生に戻すが、今いる小学生は全員、頑張っている子、又は頑張ろうとしている子であると私は思う。少なくとも授業中はやろうとしているし宿題もやってくる。

 ところが、何人かの子供たちは“正解を出そう”としている。正解を出すやり方を覚え、問題の“正解を出そう”としている。問題の意味を考えようとしないで、やり方を教えてもらい、それを覚えて“正解を出そう”とする。だから、教わらないとできない。意味が分からないまま“正解を出そう”とするので、とんでもない答えが出てくる。

 そのような癖がついている子に、問題の意味を考えさせることは容易ではない。教えない授業、考えさせる授業をしても、“正解を出そう”としている子はなかなか受け入れてくれない。でも、辛抱強く接していくしかない。

 “正解を出そう”とする子は一事が万事であり、問題は勉強だけにとどまらない。生活全般にわたり教えてもらわないとできない。知らないこと、やった事がないことはできない。教わったり経験したりしたことも、やり方を忘れてしまうとできない。

 これから先、誰も経験したことがないことが起きた時に対応することは難しいと思う。先の事ではなくても、友達の作り方、人との話し方や会話の仕方など、全て教わらないとできなくなるかもしれない。社会への適応が困難になるかもしれない。

 誰にも教わらないで工夫して解決していく力を育む教育が必要である。

 たかが小学生の勉強かもしれないが、それを軽く見ることはできないし、軽く見てはいけない。問題を解くやり方を教えて、何度も反復させて身に付けさせる。正解が出ることで、本人も指導者も“良し”とする指導をしてはいけない。

 正解は出なくてもいい、自分で考えて問題解決できる力をつけることを、指導者は目指すべきと私は思う。



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