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努力が報われない定期テスト:問題が問題 [◆教育の役割 「教育は日本を変える」]

 「学校の定期テストは努力が報われなければいけない」

 頑張って勉強をしたのに、結果が出ないということは当然あります。

 しかしながら、その原因が本人にあるのなら仕方がありませんが、作成された問題にあるのなら如何なものかと思います。

 前回、課題の提出について書きましたが、課題の提出が“成績をつけるため”のものとなっているならば、もしそうならば試験後でもOKと思うのです。

 課題が“学力をつける”ことを目的とするならば、その子のレベルに応じた課題を出すなどの工夫が必要かと思います。

 ただ、先生の負担が増えてしまうのが問題です。


 努力が報われない原因が、試験問題にある場合。問題が問題な場合があります。

 「定期試験に難問奇問は必要ない!」と私は思います。

 先生方ならば、「この問題は努力した子でもできない」ということがわかると思います。

 でも、それが出題されているのです。

 数英は学校でクラス分けがされているところが多いと思いますが、上位クラスでしか取り上げていない内容を出題することには、私は反対です。

 出来ない子はできなくていいのかな。

 出来ない子が努力しても報われなくてもいいのかな。

 頑張ってもできない問題が、何問か出題されていると、本当にやる気をなくします。

 「頑張ったら、良い点数が取れた!」と言うことから、やる気が生まれ学力もついていくと思うのです。


 「難しい問題でもできる子がいる」と言う先生がいたと聞きました。

 それは子が「点数が悪くても私よりできない子がいる」と言う言い訳とどこが違うのでしょう。

 学校や先生を批判するつもりは有りません。

 子供たちの事を考えると、“努力が報われる試験”にならないかと思うのです。

 学習塾に通う子供たちは、「学校の勉強が簡単」となり、授業のやりにくさもあるかもしれません。

 試験問題の作成も大変だと思います。

 しかし、学校の定期テストは全生徒が習ったところから出題され、努力が報われるテストであって欲しいです。

 「こんなに頑張ったのに全然できなかった」とやる気をなくす子を作りたくありません。

 本来大切なものは結果より過程であることを、教育に携わる者として私は伝えていきたいです。



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